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2011.5. 2
うしろめたさからの解放のヒント

ひとつの分野を極めんと学び続ける人からは、

こちらがたとえその分野に明るくなくとも、

刺激と感銘というエネルギーを

確実にもらえるものである―

 

と、毎回思わされるのが

「けいざいナビ北海道」の収録だ。

 

毎回経済の各分野に精通されたコメンテーターの方々に出演いただいているが、

収録に至るまでの打ち合せ時や

収録後のリラックスした時間の中でかわす会話の中で 

“ものごとへの目のつけどころ”にはっと気づかされ

有意義な時間を過ごしている。

 

放送時間が変わったこの4月から始まった

新コーナー「水平視考」は

まさに、そんな「学び」が凝縮している時間である。

 

5月1日放送の

小樽商大・近藤公彦教授によるお話には

思わず唸った。

 

東日本大震災によって

今、我々の消費への意識は変わってきている。

“得のある消費”を重視する姿勢から

“徳のある消費”を重視する意識にシフトしつつある。

震災復興への「善意」を「消費」につなげていくために

この“得”と“徳”を結び付ける、あるいは循環させる仕組みが

求められる、という話だった。

 

“徳”のある消費―

その消費が誰のためになるのか、

誰を支援することにつながるのか、

そもそもその消費は、本当に必要なのか、

という視点に基づく消費行動。

 

この発想は、長らく重い荷物のように

のしかかっていた自分の固定観念と

それに起因するうしろめたさを

解放するような響きがある。

 

自分は高度成長期の只中に生まれ、

世がバブルに浮かれる時期に学生時代を過ごした人間なので、

「モノ」こそが繁栄や幸福の最上の尺度であるという観念が

染みついていると思っている。

バブル以降のこの長い「停滞の時代」も

この尺度の延長線として

“得”のある消費=支払った金額以上の価値を追求する消費を、

違和感を覚えず求めていると気づくことがある。

 

そして、こうした自分に気づくたびに

いつも、うしろめたい思いが湧きおこっている。

モノという尺度、“得”という尺度の呪縛を解き放てないことに対する

うしろめたさ。

 

そんな自分の身を軽くしてくれる言葉であり、考え方だ。

 

自分とは理由は異なるが、

今、消費に対してうしろめたさを感じている人たちの

背中も押してくれる発想だと思う。

 

同時に、ちょっと大きな話になるが

この国の未来のありようにまで関わる

大切な発想であると思う。

 

「徳の消費を実践する国、日本」

こんな国になったら

世界に誇れるだろうなあ。

 

その一歩は、

いうまでもなく自分の足元からだ。

 

例年と同じで、特段まとまった休みを

謳歌しているわけではないけれど、

消費について

改めて考えさせられている

今年のゴールデンウイークに

思ったことでした。