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2014.1.25
光陰矢のごとし―Time flies like an arrow

そのときどきは、決して楽しいばかりじゃなく、
しんどいと感じることも、迷うこともたくさんあったのに
どうしてその時間が「美しい」という結論で胸に焼き付いているのか。
「人間は忘却の生き物である」ということばは、
言いえて妙である。
また、心の奥で静かに眠っていた記憶は、
ひとつのスイッチで、鮮烈によみがえる。
そのスイッチは
「オヒサシブリ」と低くよく響く声と、知的な笑顔。


ファイターズ北海道移転時の監督
トレイ・ヒルマン氏と再会した。
プライベートな来日だったが、球団事務所を訪れ
インタビューに応じてくれた。
様々な感情が湧きおこりながらのインタビューだった。

2006年、リーグ優勝を果たしたとき、
優勝監督インタビューを担当する幸運に恵まれた。
幾多のプロ野球担当アナウンサーの中で
この機会に巡りあう人は決して多くない。
一生に一度、あるかないかの幸運。
4万人の観衆が声を合わせた
「シンジラレナ~イ」

大藤日本シリーズ.JPG

2007年、2年連続のリーグ優勝を果たすも
シーズン後の退任を発表。
日本シリーズで敗退し
敵地・ナゴヤドームの3塁側ロッカーで
選手、スタッフと別れの挨拶を終え、
目を真っ赤にした監督にインタビューするまでの
4シーズンは、
今となってはまさに“夢のような”時間だった。
プロ野球を、ファイターズを、もっと北海道に伝えよう
どこからあふれるのかわからない
エネルギーの塊が、お互いの周辺にいつもあふれていた
(ような気がする、今となっては)。

あの頃、日本で、北海道で学んだことは?と聞くと
「マチガイナイ」と日本語で前置きし
2つのことだ、と即答した。
「忍耐」、そして「選手の感情に対して敏感になること」。
「ロイヤルズの監督のときも
昨年までのドジャースのベンチコーチでも
とても役に立ったよ」

あれから6年余り。
「ゼロからすべてを作り出すという
最初のステージより、
そうした土台の上を積み上げる
次のステージを作るほうがむしろ難しい。
今のファイターズはその段階だ」

「こんな時期だからこそ、過去にではなく、
常に前に皆の目が向いていくことが大事なんだ。
それはとても、強い気持ちが必要だ。
そして、常にそういうものだが
選手はどんなときも勝利を貪欲に追及し
ファンも常に勝利を期待する。
そんな健全で、いい緊張関係の中で
チームは成長するものだ。
双方がそんな関係をより強めていって欲しい」
6年前も、ずっと言っていたことだ。

目的のインタビューを終えての別れ際。
「私がファイターズのユニホームを着ていたときに
ともに仕事をした人が。
まだこうして同じ仕事をしていてくれていることを
とてもうれしく思うよ」
彼らしい思いやりであることは十分承知の上で
とても救われる思いがする。

さらに、
「ファイターズガールに混じって踊っていた娘は
もう高校生だよ」
「チームの練習着を来て
選手たちとキャッチボールをしていた息子は
今大学で野球をやっている。
ファイターズに入る方法はないか
相談されたよ(笑)」
家族のことを話すときに
目じりがひときわ下がるのも変わりはない。

ただ…お互いが同じだけ年をとったはずなのに
醸し出す“深み”というのは
だいぶ差があるような。

ヒルマンとの再会.jpg

思い出は大切だけど、
それは、今を懸命に生きているからこそ輝く。
次はもっと深みのある自分となって、
貴方に会いたいものです。