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2014.2.15
会社魂のたましいvol.32 北海道マツダ販売(札幌市)

あらかじめお伝えしておきます。
前置きが長いです。

小学校低学年から中学年の頃。
「カッコいいもの」に一番素直に、
かつ鋭敏に反応していた年頃に、
「スーパーカーブーム」というものが全国を席巻した。
茨城の片田舎の農協の駐車場でも
「スーパーカー祭り」なる催しが行われ、
およそその場には似つかわしくない
フェラーリ、ランボルギーニ、マセラッッティ、
ポルシェ、ロータス、トヨタ2000GTなどの
今となっては到底手の届かないクルマたちが並び、
子どもたちはこぞって
家からカメラを借りてその車体を写し、
あるいは「スーパーカーカード」を持って
実物と見比べながら
時間の経つのを忘れて会場に入り浸った。

そんなブームの火付け役であり、
当時の私の心のど真ん中にあったのが
少年ジャンプに連載されていた漫画「サーキットの狼」。
少ない小遣いをやりくりして
単行本の最新刊の発売日に真っ先に書店に走り、
登場するスーパーカーを模写して
翌日友達同士で見せ合っていた。

その漫画の中で、異彩を放つ国産車があった。
真紅の「マツダ・コスモスポーツ」。
スポーツカーなのに、気品のあるフォルム。
お金持ちのきれいなお嬢様がハンドルを握っていたこともあり、
子ども心に胸がキュンとなるクルマだった…。

ここから、本題です。
こんなに長い前置きを、
北海道マツダ販売・横井隆社長に
滔々と話してしまった。
「それぐらい、少年時代のマツダのイメージは
強いんですよ」と言いたかったのだが、
脱線しすぎてしまった。
ちなみに、この脱線話の場所は
試乗車の中である。
運転席が私で、助手席に横井社長。
自動収録カメラをセットしてあるので、
二人きりである。
まったく、もっと気のきいた話ができないものか…。
そんな会話にも、横井社長は穏やかに付き合ってくれた。
きっと長年販売畑で働いてきた中で、
幾多の対応術を磨いてきたのだろう。

無駄話が過ぎたのは、
子どものころの印象が鮮烈だったからだけではない。
横井社長から試乗前に、こんな話を聞いたからだ。

「車には、絶対に個性が必要です。
乗る国、地域、時代で好まれる車が必ずあります。
車に移動手段としての価値しかないなら、
世界共通の一種類でいいはずなのに、
絶対に、そうはならないんです。
求められる個性を常に世に出すことが
車を作る会社の使命だし、
社会の中での存在意義が認められる、
つまり、会社が存続することになります」

「マツダというメーカーは今、
シェアを追うことをしていません。
その代わり、コンセプト、つまり個性を明確に打ち出し、
それを求めている人を満足させていく
路線を進んでいますが、
そのコンセプトは『運転する人にとって心地いい車』です。
ハンドルを握っている人が楽しいと感じられることを
車づくりの全ての基準にするということです」

そんなこと言われたら、
余計に「乗り心地をしっかり感じなきゃ」と意識する。
エンジン音、振動、ステアリングの感触。
いろんなものに神経を集中しながら、
社長とのやりとりもしながら、と
あれやこれやと考えながら走ると、
思った以上にアドレナリンが出てしまったのだろう。

同乗していただいた横井社長は、
現在、店舗数、従業員数で道内最大の自動車ディーラー、
北海道マツダ販売の3代目。
車が一家に一台の乗り物として大衆化していった時代から
「富の象徴」と化して文字通り膨張していったバブルの時代、
そしてその崩壊後の、業界の苦難の時代を
「売る」立場から常に見てきた。

「売る側である私たちも、例えば何かと値引きして、
とにかくこの1台が売れればいい、という姿勢では
10年後、20年後に会社に残るものは少ない。
長くて密度の濃いおつきあいを
お客様と継続できるようにする、という姿勢が
必要だと思います。
特に私たちは、『乗る楽しみ』をコンセプトにした
車を扱っているのですから」

今回生中継する札幌モーターショーの会場にも
もちろんマツダは出展している。
若者たちにあるといわれる「車離れ」という言葉には
ちょっと違和感があるという横井社長は
きっとブースで「車に乗る楽しさ」を伝えているはずである。

例え長々と、持論や体験を語られたとしても、
あのときと同じ包容力で。

北海道マツダ販売の会社魂は
札幌モーターショーの会場・札幌ドームから
生放送でお送りする
2月16日の「けいざいナビ北海道」で。