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2015.6. 4
シンデレラ

運動会の振り替え休日。
それは自動的に、平日を利用した「子ども孝行」の日を意味する。
まして今年は6月1日=「映画の日」。
選択肢は他にはなかった。
「何を観たいの?」「シンデレラ!」
有無を言わさず、少女たちが集う、映画館へ。

世界中の誰もが知っていると言っていいほど
普遍的な物語・シンデレラは、実は昔から苦手である。
何が苦手って、継母がエラをいじめる。
人が人をいじめる。その時の姿、発する言葉は
最も嫌悪するものだ。
ドラマだろうがなんだろうが、その場面自体が嫌いだ。
今までも、これからも、
触れることなく人生を終えたいと切望している。
それなのに、
「これから彼女はいじめられる」シーンを待つのは
苦痛極まりない。
「そこは飛ばしてくれ!早く!」と身悶えしながら、
少女たちに混じって観る自分を客観視すると、
かなり情けなかった…。

それでもみんなが知っているハッピーエンドで終わり、
まずは何より。
後日読んだ、
ケネス・ブラナー監督が
パンフレットの中で語っていたシンデレラ観は
なかなか面白かった。
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「シンデレラは、究極の負け犬物語だと思う。
諦めたり、ひねくれたりする代わりに、
それに対処する別の方法がある。
それを教えてくれるのがシンデレラの物語だと思う」
(以上抜粋)

究極の負け犬物語―。
過酷な環境に置かれても、
卑屈になったり、哀れな悲劇なヒロインになることに逃げこまず、
問題の解決に前向きであり続ける。

言うは易し、行うは難し。
ゆえに、長い間、世界中の人に親しまれる物語なのだろう。

スポーツ中継で
無名の選手が実績のある「王者」を倒す様を
「シンデレラボーイ」と表することがある。
「一夜にして立場が変わった」という
意味で使われることが多いのだが、
その現象だけで「シンデレラ」と例えるのは
踏み込みが甘いような気がする。
彼が背負ってきたものをしっかり取材した上で
「過酷な環境に前向きに向き合い、チャンスをつかんだ」
というストーリーを認識した上で
使うべき言葉と考えたほうがよさそうだ。

華やかなディズニー映画を観ても、
頭に浮かぶのは、やっぱりこういうことなのであった。
何でもかんでも仕事に結びつけるのも
いかがなものか…