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TOPアナウンサー大藤晋司ブログ「卒業おめでとう」

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2016.3.22
「卒業おめでとう」

TVhのお隣にある小学校。
通勤の通り道にある玄関に
今年もこの言葉が。

中央小.jpg

春は、否応なしにやってくる。
寒さが緩み、生命の息吹があちこちで感じられ、
何となく心湧き立つ気分になる季節。
でも同時に、
それまでの何かに、区切りをつける時の到来でもある。
たとえその先に、
期待に胸ふくらます未来があるとしても、
「できるなら、もう少しここにいたい。でも離れないといけない」
感情のゆらぎに折り合いをつける機会がある季節。
だから、
「卒業」のあとに続く「おめでとう」の五文字を見ると、
普段使っている手放しの祝福のイメージとは少し違う、
複雑な思いがこみ上げる。

おめでたいことばっかりじゃ、ない。
でも、おめでとうのほかに、
ふさわしい言葉が見当たらない。
おめでとうの前に「卒業」の二文字が入ったときは、
「卒業」「おめでとう」の二つの言葉を足したものじゃなくて
「卒業おめでとう」という、独立した一つの言葉として
とらえたほうがいいと思ったりする。

ウィンタースポーツシーズンも、「卒業」の季節。
今月19日に行われた、
今年の国内のジャンプの最終戦、
「第17回伊藤杯シーズンファイナル 大倉山ナイタージャンプ大会」
毎年、現役を引退する選手の
最後のフライトの場でもある。
今年は5人の選手の引退が発表された(一人は欠場)。
引退選手.jpg

全ての選手に、ジャンパーとしての個性があり、
全ての選手が、ジャンプという競技の仲間たちだ。
試合後に行わる引退セレモニーに立ち会うと
毎回、「卒業おめでとう」の感情が湧く。

飛べなくなるのはおめでたくはない。
競技者が減るという事実はおめでたくはない。
でも、無事に飛び終えて、地面に降りてきたことはおめでたい。
降りてきた地面に、未来があることは、おめでたい。
全部の感情が入り混じった
「卒業おめでとう」が、心に浮かぶひとときだ。

5人のうちの一人、渡瀬雄太選手(雪印メグミルク)。
雄太1ショット.jpg

ジャンパーだった父・弥太郎さん(左)の指導で、
小学校3年からジャンプを始めた。
渡瀬両親.jpg

父の指導は、厳しかったそうだ。
でも、飛ぶ歓びと出逢った息子は、
2014年ソチ五輪に、31歳で初出場。
遅咲きながら、父の果たせなかった大舞台を踏んだ。
渡瀬中カメ.jpg

妹のあゆみ選手は、女子ジャンプの初期から活躍し、今も現役。
栄光と苦難の歴史を体験してきた後ろには
「競技者としては、尊敬しかないです」という
兄の存在があった。
あゆみ.jpg

生活の中に、ジャンプがある。
ジャンプこそが、生活の要。
ジャンプ一家・渡瀬家にとっても、区切りの夜となった。

渡瀬家.jpg

全てのセレモニーを終えたあとの、
代表インタビューを担当させていただいた。
どんな競技人生でしたか?の質問に
「思うようにいかない、うまくいかないことが多かった
現役生活でした。
でも、ときおり訪れる『いいこと』が
他には代えられない、たまらない歓びで
それがここまでやれる力だったかも知れません」

ジャンプという競技の真髄を表現した言葉である。
より遠くに飛びために、
日々、己の肉体を鍛え、技術を極め、精神を研ぎ澄ます。
でも、多分に自然条件に左右される競技ゆえ、
そんな人智があっさりと吹き飛ばされる理不尽さも、
受け入れることが宿命。
だから、ときおり訪れる「いいこと」には、
自分の能力を超えた「見えざる力」への感謝と、
それを裏切らない自分であったことへの充実感がこもっている。
確かに、他には代えられない歓びだろう。
それを、現役を去るときに言葉にできるということに、
真摯にこの競技に向き合ってきたことが伺えた。

「精一杯やりましたから」
すっきりした表情で語った渡瀬選手。
他の4人の選手たち、
そして、これまでの環境に区切りをつけ
春から新たな一歩を踏み出す
全ての人へ。
「卒業おめでとう」