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2016.12.27
想い出の○○○○○ホテル

中村雅俊が80年代に唄ってヒットした曲ではない。
…その発想そのものがすでに時代に置き去りにされている。
(ちなみに正解は「想い出のクリフサイドホテル」1986年)

「師走の東京」と聞いてイメージする風景とは…
コートの襟を立てて、慌ただしく雑踏を歩く人たちか。
はたまた年末あたりになると
どこかのテレビ局がお約束のように
上野・アメ横の様子を中継し
ちょっとダミ声の掛け声とともに
正月用の食材が売れていく
そんな風景あたりか。

先日、会議に出席のため東京に出張した。
この時期に東京に行くのは久しぶり。
週末ということもあり宿泊先の確保も難しいだろうと
結構前から宿探しをしていて、
あるホテルに空室があることを知り、
「自分だけの」師走の東京の風景が蘇った。
貸切になっている宴会場は
資料室 兼VTR室 兼情報交換室。
日頃から精魂込めて取材し、
蓄積してきた情報を刷り合わせ、
少しでも中継の質を向上させようと意見をたたかわす場であり、
大好きなサッカー談義に花を咲かせ、
次なる中継へのモチベーションを高める場。
そこで過ごした年越しは、
今までの人生の中で最も充実した年越し。
志を同じくするアナウンサー仲間と、
サッカーという共通語で語り、
サッカー中継という目標に向かって時間を進め、
新しい年を迎えることできる幸せは
他には替えがたい、宝物のような時間だった。

あの思い出を刻んだ宿に、
今回、また泊まる縁をもらった。

もちろん宴会場などには入ることはなく、
普通に部屋で一夜を明かしただけなのだが、
部屋に入って、また心地よい風景が蘇った。
部屋.jpg

くだんの宴会場で語り合ったあと、
部屋に戻って、情報を整理し、資料を仕上げ、
実況のイメージを高め、朝を迎える。
この場所は戦いに挑む前の小さな「城」であり、
ここで過ごした時間は
本当に自分の胸の中にしかない記憶である。

部屋①.jpg

そんな考えに至っているのは
当時の自分が若く、経験不足だったことの裏がえし。
神経を研ぎ澄ましたからこそ鮮烈な記憶として残っている。
それはすなわち、多くの不安と格闘していた証拠でもある。
だから、今同じような感覚になったらおかしいし、なってはいけない。
つまりあの記憶は、あのときだけのもの。
この部屋に入らなければ、思い出さないままだったもの。

15年前、全国高校サッカー選手権への派遣アナウンサーとして
10日間あまり滞在したホテルへの
今回の滞在時間は、実は半日にも至らなかった。
慌ただしくチェックインし、慌ただしくチェックアウト。
それでもほんのひととき、
若き日の、未熟だったがゆえに鮮明に残っている記憶を
遠き日の出来事として思い出せたことが、
心地よい収穫。

落合大藤2ショット④.jpg

この時の解説は元日本代表の落合弘さん。
現役時代はJSLで260試合連続出場するなど「鉄人」と呼ばれた。
2010年、日本サッカー殿堂入りを果たした。
とても優しく、穏やかな口調で、選手への愛情にあふれた解説は
今も心に強く残っている。

あんな気持ちになることは、もうないからこそ、
あんな気持ちのときに過ごした場所にもう一度いられたことが
幸福だった。

チェックアウトを済ませて外に出ると、いっぱいの青空。
ホテル外観.jpg

あの試合の実況のときも、こんな冬の青空だったっけ。
もうあそこに帰ることはないんだな―。
ちょっとだけ青さが、目に染みたぜ。