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2017. 5. 7
5月7日放送内容

50の栄転 「断りました」

浜谷洋さんは外資系製薬会社のMRとして営業一筋の30年間を送ってきました。
病院を日参しては、新薬を医師に紹介し、発注してもらう。
競合他社と激しい営業合戦が繰り広げる世界。
バブル景気の頃は、接待も多く苦労もあったといいます。
人の出入りが激しいと言われる外資系企業、入社時の同期は50人いましたが、
40歳を迎えるころには同期のほとんどが退職を。
その中、浜谷さんは、地元の青森を離れ、
主に北海道各地を転勤しながら、MRを続けます。

福島の営業所に勤務していた49歳の時、東京本社への転勤を言いわたされます。
本社勤務の栄転、しかし、浜谷さんは50歳を区切りとして、脱サラを決意しました。
これまで、MRとして、懸命にやってきた。
50歳、これからは自分の好きなことをやろう。
すると、接待生活の時から考えていたことに一歩踏み出します。
それはクラシック音楽を楽しみ、定期的に演奏会を行うバーの経営。

子どもの頃から、吹奏楽を聞くのが好きだった彼。社会人になってからも、
帰宅後のレコード鑑賞が、営業の苦労から解き放たれる時間だったといいます。
一方で、病院まわりの際も、他のMRマンがゴルフやお酒といった話題を振りまく中、
クラシック好きな医師を探して、音楽談義で商談をはかどらせるなど、趣味が役に立った時もあったとか。

営業の日々で、北海道や東北には、ジャズやロックはあってもクラシックの定期的な演奏を聞かせる飲食店がないことに気づきます。

「だったら」と思い切って始めることを決めました。
その後 飲食店のノウハウを学ぶため、料理店に"入門"。
若者に交じってアルバイトをするなどコツコツ努力を重ねた末にようやく開店させた「クラシック音楽バー」。
素敵な音色に包まれる至福の空間づくり、しかし、初めての経営、初めての客商売、
そんなに甘いはずはなく
・・・浜谷さんに苦悩が。50からの手習い奮闘に密着しました。