アナウンサー

TOPアナウンサー大藤晋司ブログ煌めく時間(とき)を重ねた、貴方へ

タイトル画像

ブログ

2014.2. 7
煌めく時間(とき)を重ねた、貴方へ

雪と、氷と、勝利の女神が
時に気まぐれに運命を動かしていく。
切なさも内包する。しかし、だからこそ、
他には代えがたい、美しく輝く時間―
ソチ五輪が幕を開けます。
これまで、集大成の舞台に臨む選手たちを
取材する機会を得てきました。
すでに放送では紹介しましたが、
この機会に、改めて、エールを送ります。
いずれも、他のメディアでメダル候補と
連日報じられてきた選手ではありませんが、
宝石のような輝きを放つ歳月を経て
この舞台に立つ北海道出身の選手たちです。

釧路出身。26歳にして初の五輪出場を果たした
スピードスケート短距離・住吉都選手。
もともとは中距離。
大学4年のときにインカレ1000mを制し、
本格的に短距離に転向した。
しかし、「これから本格的に短距離を究める」
という矢先の社会人1年目で、
所属する企業のスケート部が経営上の問題から解散。
競技生活の支援をしてくれるスポンサーを探しながら、
貯金を切り崩し、練習環境を求めて各地を転々。
「ほとんど家に帰らないから、家賃がもったいない」と
アパートを解約し、「宿無し」を経験したことも。
「どんな心の声を、自分にかけてました?」とのこちらの問いに
「このままじゃ終われねえんだよ!って感じですね」
快活な笑顔も、彼女の強みだ。
住吉都①.bmp

タフな環境の中で着々と力をつけ、
大学の同級生・小平奈緒に次ぐ、
女子短距離陣No.2の存在に浮上。
さらに昨年春、JOCのアスリート支援事業の力で
所属先が決定。
安定した環境を手に入れたタイミングで挑む初の五輪。
苦難を乗り越えてきた自分を
不敵とも思える笑顔で、こう表現した。
「水を極限まであげないトマトは甘い、ってことですよ」
名言だ、と思った。
住吉②.bmp

「遠い存在だった4年前と違って、
ソチは私の中では予定であって目標じゃない。
メダルも獲るのが予定です、
ってなれば最高ですけどね」
伏兵として、虎視眈々とそのときを待っている。

日本の五輪におけるクロスカントリー史上最高の5位入賞を
前回のバンクーバーで成し遂げ、
メダル候補として3度目の五輪に臨む、石田正子選手。
タマネギやビートを生産する農家を営む美幌町の実家に
昨年10月にお邪魔し、
タマネギが積まれた倉庫でインタビューさせていただいた。
「こっちのほうが家の中より
映像的に面白いでしょ」
表情をほとんど変えずに、さらりと小粋なコメントをする、
独特の空気感を持った人でもある。
石田正子②.bmp

「私は、絶対にオリンピックが終わってから
燃え尽き症候群になんかなりませんよ。
そんなタイプじゃない。
しっかり一度立ち止まって、やろうとすることができるようにならないと
絶対に前には進まないんです。
少しづつ、少しづつ、確実に、じっくり、
カメの歩みです」
石田正子①.bmp

いつも冷静に、客観的に、周囲と自分を見つめながら、
日本のクロカン界の悲願に近づいてきた。
その、メダルへの挑戦も、彼女らしい表現でまとめた。
「山頂の付近にはもういるから、
頂上はそんなに高くは見えないって感じです。
もうかなり上にいるから、頂上まではあとちょっと。
でもそこからが険しいから、
どうやってゆっくり登って行こうかなって感じです」
石田正子と2ショット.jpg

頂上アタックは、フリーの30km。
日本時間22日午後6時30分スタートだ。

スピードスケート、長距離のスペシャリストとして
2大会連続の五輪に臨む
中札内村出身の石澤志穂選手。
石澤志穂①.jpg

(画像提供:トランシス)

駒大苫小牧高を経て社会人入りし23歳で
初出場したバンクーバーは
「勝負より、出られた喜びのほうが
上だったかも知れない」
真の勝負をすべく始まった、ソチへの道は
いきなり頓挫する。
所属する社会人チーム(住吉選手と同じ)が解散。
そのときの彼女の選択は
単身ノルウェーに渡っての長期合宿だった。
メインスポンサー不在の中、
貯金を切り崩しながらの挑戦となったが、
ここに、彼女の「武器」が集約された。
「これだけ自分に投資したんだから大丈夫だろうって。
マイナスなことはひとつも考えなかったです」
この前向きさが琴線に触れ
支援を申し出たのが、
現所属・トランシスの角田辰哉社長。
(会社魂のたましい⑬参照 
http://www.tv-hokkaido.co.jp/announcer/daito/2013/03/post-56.html  )
駒大苫小牧高OBにして、
全日本スケート連盟・橋本聖子会長と同級生という
角田社長の“人の縁”も彼女を助けたのだが、
彼女の支援を決めた最大の理由は、
「僕も若いころからヨーロッパに一人で行って仕事をしてきたから、
彼女の積極性がいいな、と。
いい“気”を持っていると感じたんですよ」
環境を得て、順風満帆かと思いきや、
五輪の前シーズンに
競技人生初とも言える絶不調に陥る。
全日本選手権予選敗退。強化指定選手からも外れる
惨憺たる成績。
そのときも、彼女の「武器」が生きた。
「競技ができる環境はあるし、
身体はケガしてないし、今の私は全てを持っている、
あとは、自分の考え方だけだと思ってました。
強化指定から外れたということは、
自分なりの合宿や練習が組めるんだ、と考えて
この機会を生かそう、と思いました」
目的意識と課題を客観的にみつめ、
一人で考え、やれることをやる。
その習慣を育んでくれたのは
前の所属チームのコーチだった。
「『私がいなくても何でもできるようにするからって』
初めての海外遠征にもついてこなかったんです。
今思えば、そういう習慣をつけてくれたことに
感謝しています」
石澤志穂②.jpg

(画像提供:トランシス)

11月、事実上の海外での今季初戦で
日本人最高成績を収め、
五輪出場選考基準をいきなりクリア。
驚異的な「V字回復」で2度目の五輪を手中にした。
「いろんな人の力があって、今の自分がある。
私が返せるのは、試合での成績だけ。
喜びのほうが勝った前回とは違う、
本番にむけてやるべきことをやって
その日を迎えるんだ、という気持ちで、
自然に五輪に迎えますね」

紹介したい選手はもっともっといますが、
彼ら、彼女ら、全ての選手が積み重ねた
尊い時間がどうか、報われますように。