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2016.6. 4
若気の至り

先日、家で探しものをしていたら
初々しくも青臭く、ちょっと恥ずかしい記憶が蘇るものに
再会してしまった。

グランパス①.jpgグランパス②.jpg

サッカーJリーグ・名古屋グランパスのネクタイ。
まだ「名古屋グランパスエイト」という呼称の時代。
(運営法人は設立時からこの名称だが、
名称としては2008年から「名古屋グランパス」となった)
チームのマスコット「グランパスくん」がボールを蹴っている姿が
かなり目立つ、
日常のファッションとして身に着けるには
ちょっと勇気のいるデザイン…。

購入したのは、名古屋での前職時代。
「Jリーグ元年」の1993年、
初のJリーグ中継のときだったような記憶がある。
新しいプロリーグの始まりに気持ちが昂ぶり、
中継の前日あたりに、
近所のスーパーで買ったと思う。
現在は「オリジナル10」と呼ばれる、
初年度にJリーグに参入した10クラブ、
全てのネクタイが売り場に並んでいた。
他のクラブのものも、似たようなデザインだった。
「これから中継する度に相手チームのも買っていって、
10本全部そろえたいなぁ」
などと、訳のわからない希望を抱いてレジに並んだことだけは
妙に鮮明に覚えている。

そこから、何かの熱にうなされたように、
サッカーネクタイの収集が始まり、
その一部も、今回、家の中から「発掘」された。
94年のカズ・三浦知良がアジア人初のセリエAプレーヤーになったとき、
在籍していたジェノアのネクタイ。
ジェノア①.jpgジェノア②.jpg

同年、ドーハの悲劇で日本が出場を逃した
アメリカワールドカップのネクタイ。

W杯94年①.jpgW杯94年②.jpg

いったいどんな時に身に着ければいいのだろう…。
98年、今度はカズがクロアチア・ザグレブに移籍すると、
それを追いかけるように探し出し…、
ザグレブ①.jpgザグレブ②.jpg

中田英寿がASローマで
日本人初のセリエA優勝メンバーになると、
それに合わせて探し出し…
(前所属のペルージャのものも探したが見つけられず、
地団駄を踏んでいたような記憶がある)

ローマ①.jpgローマ②.jpg

こんな調子で集めたものが、
衣装棚の片隅で眠っていた。
(つまり、まだまだある、ということです)

なぜ、こんなことに夢中になっていたのか。
自分のことながら正直、謎なのだが、
あえて、その心中を推察するなら、
当時、サッカーというものを
自分の仕事の「ど真ん中」にしたい、という気持ちがあって、
サッカーに「身を捧げている」証のようなものを
自分なりに作っておきたかった…のかも知れない。

今の自分が、当時の自分に会ったら、
こう言うだろう。
「そんなことする時間があったら、
サッカー実況の勉強に使えよ」
まあ、当然の反応だろう。
仕事の本質に入り込めず、
ただ形から入っているやつ、と映るだろう。
それを、若気の至りという。

でも、そんな恥ずかしさを思い出すのも
今の自分の足元を見つめ直すためには
時に、必要なのかも。

6月4日のコンサドーレ戦中継では、
サブアナで放送席に。

サブアナ①.jpg

なんだこの赤黒の縦じまのネクタイは。
タオル.jpg

タオルハンカチも持っていたのか。

全然反省してないじゃないか。