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2013.6.21
会社魂のたましいVol.22 カメハタ(札幌市)

本州に住んでいたころから
「ススキノ」という言葉は
「キタ」や「ミナミ」(大阪)や錦三(きんさん)(名古屋)、
中州(福岡)、流川(広島)、国分町(仙台)とはちょっと異質な
独特の甘美な響きを覚えていた。
北海道という土地全体へのイメージ、
そこから誘われる旅愁、
その旅の思い出を彩る街としての存在感。
上記の各繁華街には、どれもお世話に(?)なったが、
求心力という意味ではススキノの持つ力は特別だった。
(もちろん現在は生活者の立場での利用なので
少々違う目線になってはいるが…と但し書きをしておきます。)
そんな街を陰で支えてきた老舗企業が
「カメハタ」である。

ススキノなど、札幌圏の多くの飲食店に
酒類を販売してきた「カメハタ」。
明治41(1908)年に、油などを主に扱う雑貨屋として創業。
昭和の初めにススキノに移転したのちに
酒の販売に軸足を移す。

「倉庫の天井に届くぐらいに積まれた酒のケースが
あっという間にさばけて、空っぽの倉庫になってしまう。
ススキノの賑わいのスケールの大きさに驚き、
その隆盛に携わっていると実感しましたね。」

と、子どものころの思い出を語る、亀畑倭宏社長。

人を呼び寄せる繁華街には、魅力と同じくらい、魔性がある。
戦後の復興期、札幌オリンピック前後の空前の好景気、
バブルの熱気と、その後の長き冬の時代。

その中で、姿を消した同業者もある。

亀畑社長が見つめてきたのは
自身にとって子どものころから慣れ親しんだ身近な街であり、
最大の取引相手であるススキノの
光も影の両面である。

きめ細かく店のニーズに応える
「御用聞き」の側面と、
流行を自らつかみ、発信していく
「提案営業」の側面を
これまた現場に精通した
職人気質の営業マンたちが実現していく
現在の会社の姿のその根底には、
浮き沈みの激しさが宿命ともいうべき街を
若いころからくまなく歩き、
足しげく店に姿を見せ
「現場の生きた情報」を集めてきた
亀畑社長自身の歩みがある。

社長室でも
終始、カウンターの隅で語るような口調の
亀畑社長の話で印象に残ったのは、
自分たちの商売の立ち位置についての話だった。

「私たちがお酒を売る相手は、
家でそのお酒を飲む方ではありません。
私たちが売ったお酒を
お店でお客さんに出して商売をする、
経営者の方にお酒を売っているのです。
買ってもらって、自分たちがもうかればそれでよし、では
結局、自分たちのためになりません。
お酒を買ってくれた経営者の方が
そのお酒で店を繁盛させる。
そこまでいくことを考えるのが
私たちも仕事の本質だと思っています。
経営者と一緒に、店の繁盛を考え、
ときに手助けもする。
その中で、店側が欲しいと言ってきた注文を
『店のためにならないから』と
こちらから断ったこともあります。

店の経営者は、みんな一国一城の主。
個性もあるし、プライドもある。
でも、経験が足らない人もいる。
そういう人たちが、長く店をやれるように
助ける、という視点も、私たちの仕事だという
考え方はいつも持っています。」

いつものように
亀畑社長が「生きた情報」を得るために
やってきた店が
収録の最後の場所。
挨拶して帰ろうとすると
「少し、つきあいませんか」
とのお誘いが。
グラスを傾けながら
カメラの回らない時間の中で語る亀畑社長は
昼間の口調と全く変わりなく、
“酒場”“盛り場”の今と未来を語った。
この場所を仕事場にしてきた者が持つ
冷静で、客観的な視点だった。

普段、お世話になっている方も
お世話になっていない方も
「カメハタ」の会社魂は
6月23日の
「けいざいナビ北海道」で。